姪の結婚式に、94歳の母を連れて出席したことがあります。
いちばん困ったのは、母に着せる服でした。
婦人服のお店を3件回っても、予算やサイズ、デザインに合うものが見つかりません。
最後に頼ったのが、メルカリでした。
ジャケット、ブラウス、コサージュ、バッグを4人の方から購入し、全部で8千円ほど。
そして結婚式を終えたあと、その服はまた、別のご家族のもとへ渡っていきました。
この記事では、90代の母を連れて遠方の結婚式へ出席した日のことと、母の服を通して生まれたご縁についてお話しします。
- 母は、びっくりするくらいの衣装持ちでした
- 姪の結婚式に、母と出席することになりました
- いちばん困ったのは、母に着せる服でした
- 婦人服のお店を3件回っても、見つかりませんでした
- 最後に見つけたのは、メルカリでした
- 4人の方から買って、全部で8千円ほどでした
- ジャケットとブラウスは、ゆったりめのLにしました
- 立った姿ではなく、座った姿で考えました
- 「パンツでいい」と決めたのは、母でした
- 車椅子は、社会福祉協議会で借りました
- 美容院は、パーマと白髪染めの日を分けました
- 「いいね〜。これを着るの?」
- 新幹線の駅までは車で。席はトイレの近くにしました
- 「綺麗やな〜」「幸せになってね〜」
- 長い一日でも、母は元気でした
- 式のあと、服をもう一度メルカリに出しました
- 買ってくださったのは、高齢のお母様のために服を探していた娘さんでした
- 「これも売って、あれも売って」
- 母の服は、完売しました
- 96歳の今も、毎日違う服を着ています
母は、びっくりするくらいの衣装持ちでした

服の話をする前に、母がどのような人なのかを書かせてください。
母は、びっくりするくらいの衣装持ちでした。
同居することになり、荷物を整理したとき、私は本気で驚きました。
病院へ行くときも、近所へ買い物に出るときも、きちんとした格好をする人だったのです。
このことは、あとの話につながっていきます。
だから服を探すのに苦労し、見つけた服をとても喜び、最後には自分の服をメルカリに出すようになりました。
※母を引き取ってからのことは、こちらの記事に書いています。
→『「若干毒親」の母を引き取って介護した私の記録|同居・介護離職から特養入居まで』
姪の結婚式に、母と出席することになりました
兄の娘、つまり私の姪が結婚することになりました。
季節は11月ごろ。まだ母と同居していたころのことです。
母は、私の腕につかまれば少し歩ける状態でした。
会場は遠方で、新幹線に乗る距離です。
体への負担を考え、一泊するつもりでホテルも予約しました。
けれど、母は日帰りを希望しました。
「泊まるとなると、いろんな準備もしないといけないから」と。
仕事の都合もあり、母の希望どおり日帰りにして、ホテルはキャンセルしました。
※母を引き取ったときのことは、こちらの記事に書いています。
→『親を引き取るタイミング|母が一人で判断していたことに、あとで気づきました』
いちばん困ったのは、母に着せる服でした
日程が決まり、いちばん困ったのが服でした。
あれだけ服を持っている母なのに、披露宴に着ていける服がなかったのです。
以前なら、お祝いの席には着物で出席していました。
けれど94歳の母に着物を着せ、一日過ごしてもらうのは大変です。
今回は車椅子での出席でもあります。
そこで、座ったままでも苦しくなく、きちんと見える洋服を探すことにしました。
婦人服のお店を3件回っても、見つかりませんでした

母の年代に合いそうな婦人服のお店を3件ほど回りました。
服はありました。
ただ、一回きりで着るものにしては、少しお高めでした。
色が気に入ればサイズがなく、サイズが合えばデザインが若すぎる。
ようやくよいものが見つかっても、今度は金額が合いません。
ネットショップも見ましたが、同じでした。
ただ、お店を見て回った時間は無駄ではありませんでした。
この年代にはどのようなデザインが合うのか。
コサージュをどのように合わせるのか。
実物を見たことで、母に似合う服を具体的にイメージできるようになったからです。
最後に見つけたのは、メルカリでした
お店で見た服を思い浮かべながら、メルカリを開いてみました。
そこで、「これならいい」と思える服が見つかりました。
新品ではありませんでしたが、未使用に近い、きれいな状態のものです。
新品では手が届かないような服が、手頃な金額で出品されていました。
一日だけ着るものなら、中古でもよいのではないか。
そう思えたとき、気持ちが楽になりました。
お店を回ったおかげで、写真を見ただけでも母に合うかどうか判断できました。
4人の方から買って、全部で8千円ほどでした
購入したのは、次の4点です。
- ジャケット……高級感のあるボタンと刺繍が入った、品のあるデザイン
- ブラウス……襟と袖口が可愛く、裾が長めでふんわりしたもの
- コサージュ……薄紫と紫の花を組み合わせた手作りのもの
- バッグ……横長で落ち着いたデザインの中古ブランドバッグ
それぞれ別の方から購入し、全部で8千円ほどでした。
一式そろえても、お店で服を1点買うより安く収まりました。
なかでも、手作りのコサージュは思いがけない出会いでした。
母の好きな紫色で、大きさもちょうどよく、コーディネートの決め手になりました。
ジャケットとブラウスは、ゆったりめのLにしました
ジャケットとブラウスは、ゆったりめのLサイズを選びました。
理由は3つあります。
- 着せやすいこと
- 脱がせやすいこと
- 座ったときに苦しくないこと
高齢の母に服を着せるのは、私です。
腕を通すときに窮屈だと、母にも私にも負担がかかります。
また、結婚式では長い時間、座ったままになります。
ぴったりした服よりも、少し余裕があるほうが楽に過ごせると思いました。
立った姿ではなく、座った姿で考えました

コーディネートは、私がしました。
ブラウスは、裾が長めでふんわりしたものを選びました。
ジャケットの下から少し出るため、お腹周りを自然に隠してくれます。
座ったままでも、きれいに見えました。
ジャケットは、前のボタンを留めず、羽織るように着せました。
ボタンを留めると、座ったときに前が突っ張ってしまうからです。
高齢の親の服を選ぶときは、立っている姿ではなく、座っている姿で考える。
これが、私がいちばん学んだことでした。
「パンツでいい」と決めたのは、母でした
下は、母が持っていた黒いパンツにしました。
最初は黒のロングスカートも考えましたが、車椅子では裾が気になります。
乗り降りのときにも動きにくくなります。
迷っていると、母が言いました。
「パンツでいい」
決めたのは、母でした。
コートも、母が以前に自分で買ったおしゃれなものを使いました。
膝掛けは家から持参しました。
手持ちのパンツとコートを合わせたため、新たに買った洋服は、ジャケットとブラウスの2点だけでした。
「親を結婚式へ連れて行くなら、一から全部そろえなければ」と思うかもしれません。
けれど、手持ちのものと組み合わせれば、必要なものだけを買い足す方法もあります。
車椅子は、社会福祉協議会で借りました

車椅子は、市の社会福祉協議会で借りました。
利用したのは「車椅子貸出事業」です。
そのときは、在庫のなかから色や柄を選ぶことができ、比較的新しいブラウンのチェック柄を借りました。
私の住む地域では、当時、1か月200円で借りることができました。
車の後部座席に積んで持ち帰りました。
実は、このときが初めてではありません。
母と出かけるときには、以前から何度か利用していたため、手続きも受け取りもスムーズでした。
一日や数日だけ車椅子が必要な場合には、購入する以外に、このような方法もあります。
美容院は、パーマと白髪染めの日を分けました
服が決まってから、美容院にも行きました。
パーマをかけ、日にちを置いてから白髪染めをしました。
一度で済ませなかったのは、高齢の母にとって、長時間座り続けることが負担になるからです。
美容院の方からも、髪への負担を考えて分けたほうがよいと言われました。
一日で終わらせることより、結婚式当日に元気でいてもらうことのほうが大切でした。
「いいね〜。これを着るの?」
服がそろい、母に見せました。
母は言いました。
「いいね〜。これを着るの?」
私の言うままにコーディネートされているようでしたが、気に入ってくれたようです。
衣装持ちで、病院へ行くときもきちんとおしゃれをしていた母です。
その母から「いいね〜」と言ってもらえたことが、うれしかったです。
当日は、仕上げに私のイヤリングをそっとつけました。
新幹線の駅までは車で。席はトイレの近くにしました

当日の朝は、早い出発でした。
新幹線の駅までは車で行き、駅の近くの駐車場へ一日置きました。
電車で向かうこともできましたが、朝の混雑した電車に車椅子で乗るのは、母の負担になると思ったからです。
新幹線への乗車は、特に問題ありませんでした。
母は私の腕につかまって立ち、自分の足で座席まで移動できました。
席は、トイレの近くを選びました。
母はトイレが近かったので、そうしておいて本当によかったと思います。
「綺麗やな〜」「幸せになってね〜」
会場に着き、花嫁姿の姪を見た母は言いました。
「綺麗やな〜」
「幸せになってね〜」
姪のご主人には、
「よろしくお願いします」
と伝えました。
その場面について、これ以上、私から説明する必要はないと思います。
母の言葉を、そのまま残しておきます。
長い一日でも、母は元気でした
朝早く家を出て、帰宅したのは夜遅くでした。
途中で疲れてしまうのではないかと心配していましたが、母は元気でした。
式も披露宴も楽しみ、お料理も完食しました。
帰りには、満足そうな顔で言いました。
「来れてよかった〜」
「みんなに会えてよかった〜」
「これが最後になるかも〜」
「いい結婚式だった〜」
「これが最後になるかも〜」という言葉も、しんみりしたものではありません。
明るい調子で、満足しきった顔をしていました。
連れて行くべきか迷いましたが、この言葉を聞いて、行ってよかったと思いました。
式のあと、服をもう一度メルカリに出しました
結婚式が終わり、しばらくしてから、その服をもう一度メルカリに出しました。
もう着る機会がなく、状態がよいうちに、次の方に着てもらいたいと思ったからです。
出品には、母の了承を得たうえで、披露宴で撮った着用写真も載せました。
顔は分からないように隠しています。
実際に着た姿があると、雰囲気が伝わります。
買ったときは、4人の方から別々に集めたものです。
売るときには、ジャケット、ブラウス、コサージュの3点を一式にしました。
バッグは手元に残しました。
私が婦人服のお店を3件回ったように、同じことで困っている方がいるかもしれない。
一式にしておけば、その方の服探しが少し楽になります。
買ってくださったのは、高齢のお母様のために服を探していた娘さんでした
服は無事に売れました。
購入してくださったのは、娘さんでした。
着るのは、その方のお母様。
お孫さんの結婚式に出席するための服だったのです。
「とっても気に入ってもらったようです」
そう伝えていただきました。
私はその言葉を読み、しばらく画面を見ていました。
娘が、高齢の母のために服を探している。
わが家と、まったく同じでした。
私が母のために選んだ服が、同じようにお母様の服を探していた方のところへ渡り、また別の結婚式で着てもらえたのです。
「これも売って、あれも売って」
服が売れたことを母に話しました。
母は、
「よかったね〜」
と言いました。
そのあと、自分から服を出してきました。
「これも売って、あれも売って」
「もう着ないから〜」
私が片づけを勧めたのではありません。
母が自分で決め、自分で服を出してきたのです。
しかも、しんみりした様子はなく、いつもの明るい調子でした。
母の服は、完売しました
母が出してきた服を、言われるままに出品しました。
「私にあげる〜」と言われた服のなかから、気に入った数枚だけ手元に残し、あとは出品しました。
そして、母の服は完売しました。
捨てたのではありません。
着てくださる方のところへ渡っていきました。
このとき、仏壇の魂抜きの日の母を思い出しました。
あの日も母は、使っていなかったおりんの小さな座布団を、お坊さんへ差し上げていました。
使わないものは、使ってくださる方へ渡す。
服のときも同じでした。
母は、昔からそういう人だったのだと思います。
※仏壇とお墓を次の場所へ引き継いだときのことは、こちらの記事に書いています。
→『お墓を兄の住む地域へ移しました|仏壇もお寺へ引き継いだ実家じまいの記録』
96歳の今も、毎日違う服を着ています

母は今、施設で暮らしています。
面会に行くたび、いつも違う服を着ています。
あれだけメルカリで売ったのに、ハンガーラックには、今もお気に入りの服がずらりと並んでいます。
分かったことがあります。
母の「もう着ないから〜」は、おしゃれをやめるという意味ではありませんでした。
暮らしに合わせて、服を入れ替えていたのです。
- 以前……きちんとした外出着
- 今……ゆったり着られる、おしゃれなブラウス
施設では室内で過ごすため、長袖や七分袖の、ふんわりした服が中心です。
けれど、ただ楽なだけの服ではありません。
「ゆったりしているけれど、おしゃれ」
そこは、96歳になっても妥協していないのです。
施設に入った親の服をどうするか、悩む方も多いと思います。
わが家の場合は、全部処分するのでも、全部残すのでもありませんでした。
今の暮らしに合う服へ、入れ替えました。
外出着を着る機会が減っても、室内でおしゃれを楽しんではいけない理由はありません。
※母への贈り物で分かったことは、こちらの記事に書いています。
→『90代の母に買ってよかったもの|敬老の日に選びたい贈り物と、返されたもの』
94歳で姪の結婚式に出席した母は、96歳になった今も、毎日違う服を着ています。
先日の面会でも、こう言われました。
「靴下買ってきて〜」
「色が濃いものがいい」
結婚式のときに「パンツでいい」と自分で決めた、あのころと同じ母です。
今日という一日が、あなたにとって心地よい「ちょうどいい距離」の一歩になりますように。
きーのこと


