母は特養へ入居する前、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)で、2年ほど暮らしていました。
私との同居を終え、初めて離れて暮らすことになった場所です。
母と離れたことで、私の気持ちは落ち着きました。
けれど、離れて暮らせば、すべてが楽になるというわけではありません。
この記事では、サ高住で過ごした2年間を、家族の側から「私の場合」としてお話しします。
※施設の暮らしや費用の違いは、こちらの記事に書いています。
→「特養に入居して分かった暮らしと費用|家族の負担はどう変わった?」
サ高住を選んだのは、デイサービスが一緒だったから

母が暮らしたサ高住は、デイサービスと一体になった施設です。
同じ建物の中でデイサービスに通えるため、送迎の車に乗る必要がありません。
それも、施設を選んだ理由のひとつでした。
費用も、ほかに見学した施設と比べて無理のない金額。
スタッフさんの雰囲気もよく、安心できる印象でした。
入居されている方には車椅子の方もいらっしゃいましたが、わりとお元気な方も多かったように思います。
母も、みなさんとおしゃべりをしたり、一緒に楽しい時間を過ごせたらいいな。
そんな思いで、この施設に決めました。
離れて、気持ちが落ち着きました

同居していたころは、母といろいろな衝突がありました。
一緒に暮らしていると、どうしても顔を合わせる機会が多くなります。
それが、母のサ高住への入居をきっかけに変わりました。
離れて暮らすようになってからは、私の気持ちも落ち着き、仕事にも前向きに取り組めるように。
母との距離ができたことは、私にとってもよかったのだと思います。
それでも、電話はすぐにかかってきました

とはいえ、離れて暮らすようになっても、母からの電話や用事は続きます。
「あれがない」「これがない」
「服を買いたい」
そんな電話が、すぐにかかってきます。
ほかにも、いろいろな科の受診や、美容院への付き添いなど。
母は、デイサービスへ行くときにも、毎日おしゃれをする人です。
人前では、いつもきちんとしていたい。
そんな母なので、服を買いに行く用事もありました。
電話は、いつも一方的でした
母からの電話は、一方的なことがほとんど。
自分の用事を話し終えると、そのまま切ってしまいます。
私が何か話そうとしても、
「何をしゃべってるか聞こえない」
そう言って、電話を切られてしまうのです。
母は耳が聞こえにくく、補聴器を使っています。
だから、しょうがないことだとは分かっています。
それでも、会話にならない電話が続くと、正直、ちょっとうんざりすることもありました。
※母の補聴器のことは、こちらの記事に書いています。
→「高齢の親の補聴器が合わないときに試したこと|買い替える前に見直した調整と使い方」
携帯は、「解約していい」と「やっぱりいる」のくり返し

母が使っていたのは、らくらくホンです。
すぐに電話をかけられるボタンが3つあり、そのうちの2つに、テプラで私と主人の名前を貼っていました。
さらに、「切る」「電話に出る」のボタンにもテプラを貼り、少しでも使いやすくなるように工夫しました。
ところが、サ高住にいる母は、何度もこう言います。
「あまり使わないから、解約していい」
それなら、と携帯を持ち帰るのですが、しばらくすると今度は、
「やっぱりないと不便だから、持ってきて」
このくり返しでした。
ケアマネジャーさんも、施設の方に変わりました
サ高住への入居に伴い、ケアマネジャーさんも施設専用の方に変わりました。
同居していたころのケアマネジャーさんには、母との衝突について、何度も相談に乗っていただきました。
月に一度の訪問では、母にゆる〜く話をしてくださったこともあります。
メールでも、何度相談したことでしょう。
今でも、ありがたく思っています。
※同居していたころのケアマネジャーさんとのことは、こちらの記事に書いています。
→「親の介護の罪悪感|好きになれない親を介護して、老人ホームに入居するまで」
一方、サ高住のケアマネジャーさんとは、電話だけのお付き合いでした。
母とは数か月に一度、直接面談をしてくださっていましたが、私は立ち会わなくてもよいとのこと。
同居中は月に一度の面談に同席していたので、その点では少し楽になりました。
結局、最後まで一度もお会いすることはなく、電話だけのさっぱりとしたやりとり。
ただ、お話好きな方で、電話はいつも長めでした。
特養に入ったら、母は携帯を使わなくなりました

その後、母は特養へ移りました。
すると、あれほどかかってきていた電話が、なくなりました。
携帯をどこにしまったのか、母自身も分からなくなっている様子。
紛失してしまうことも心配だったので、私が持ち帰ることにしました。
初めのころは、
「やっぱり携帯がないと……」
と言うこともありました。
そのたびに私は、
「今度持ってくるね」
と答えて帰っていました。
けれど、いつの間にか携帯の話をしなくなった母。
そろそろ解約しようかと考えています。
96歳まで、携帯を使えた母
母からの電話に、うんざりしたこともありました。
けれど、96歳まで自分で携帯を使えていたことは、えらいなと思います。
電話をかけるボタンにも、出るボタンにも、テプラを貼ったあのらくらくホン。
貼った甲斐がありました。
サ高住と特養、家族の私が感じた違い
サ高住は、母と離れて暮らすことで、私の気持ちが落ち着いた場所です。
一方で、電話や買い物、病院への付き添いなど、娘としての用事はまだまだ続いていました。
特養へ入ってからは、母からの電話もなくなりました。
今は、施設のスタッフさんが日々の暮らしを支えてくださっています。
私の負担も、以前とは変わりました。
どちらの施設がいいかは、本人の体の状態や、家族の暮らしによっても違うと思います。
私の場合は、サ高住で過ごした2年間も、母との「ちょうどいい距離」を考える大切な時間だったのかもしれません。
今日という一日が、あなたにとって心地よい「ちょうどいい距離」の一歩になりますように。
きーのこと


