「親の介護 罪悪感」
もしかすると、そんな言葉で検索して、この記事にたどり着いてくださったのではないでしょうか。
私は「若干毒親」の母を引き取って介護し、介護離職も経験しました。
今は、特別養護老人ホームに入居した母と、2週間に一度の面会で会っています。
介護のつらさについて書かれた記事は、たくさんあります。
けれど、「好きになれない親の介護がつらい」と正直に言える場所は、意外なほど少ないように思います。
この記事では、私が介護の罪悪感とどのように付き合ってきたのか、きれいごとではなく、本音でお話しします。
※母を引き取ってから特養へ入居するまでの記録は、こちらの記事に書いています。
罪悪感の正体は、「当たり前」という前提でした
私の母は、「親の面倒は子どもがみるもの」と考えている人でした。
母自身、父が他界したあとに、義理の母を看取っています。
母の中では、子どもに面倒をみてもらうことは、特別に感謝することではなく「当たり前」だったのかもしれません。
会話の底に、いつもその前提がある。
だから、なかなか通じ合えませんでした。
世間も「親孝行」と言います。親族は口を出すけれど、手は出しません。
けれど、考えてみてください。
介護の罪悪感は、「親のために、きちんとしなければ」という思いに、真面目に応えようとするほど大きくなることがあります。
今、罪悪感で苦しくなっているのは、冷たい人間だからではありません。
それだけ真面目に、親の介護と向き合っているからなのだと思います。
私が介護の罪悪感を覚えた場面

感謝がまったくなかったわけではありません。母はその都度、きちんと「ありがとう」と言ってくれていました。
ただ、何に対しても不満が多く、それを聞き続けることが、私には苦痛でした。
機嫌が悪くなると、母は自分の部屋に閉じこもり、食事を拒むこともありました。
しばらくそっとしておき、頃合いを見て優しい言葉をかける。少しずつ機嫌が戻っていく。
その繰り返しでした。
月に一度のケアマネジャーさんの訪問さえ、「面倒だな」と感じてしまう自分がいました。
そして、ケアマネジャーさんの前では上品に振る舞う母。
家での姿との違いに苛立ち、そんなことで苛立つ自分に、また落ち込むのです。
放っておいた時間に感じる罪悪感。
苛立ったあとにやってくる罪悪感。
「面倒だ」と思ってしまったことへの罪悪感。
介護の罪悪感は、大きな決断の場面だけではありません。
こうした日常の細かな出来事の中で、毎日少しずつ溜まっていくものでした。
ケアマネジャーさんに、正直に相談してみました
あるとき私は、思い切って担当のケアマネジャーさんに、家での母の様子を正直に相談しました。
メールでも、何度も深く相談させてもらいました。
するとケアマネジャーさんは、月に一度の訪問のとき、母へやんわりと伝えてくださったのです。
しばらくして、母がぽつりと言いました。
「少し甘えて、わがままだったかもー」
私が言えば喧嘩になることも、専門職である第三者からなら届くことがあります。
取り繕うのをやめて、正直に話したこと。
今思えば、それが大きな一歩でした。
家族だけで抱え込まないこと。
それが、罪悪感を軽くするために必要なことだったのだと思います。
※そのあと母に通ってもらったデイサービスのことは、こちらの記事に書いています。預けることへの後ろめたさも、通い始めてから少しずつ変わりました。
→「デイサービスは早めに検討してよかった|90代の母を通わせて分かったこと」
介護の罪悪感が軽くなった4つの考え方

好きになる必要はありません
介護は、愛情のテストではありません。
食事、通院、買い物、手続き。
必要なことを一つずつしていれば、それも介護です。
親を好きになれないままでも、かまわないのです。
介護サービスを使うのは、見捨てることではありません
デイサービスも、サービス付き高齢者向け住宅も、特別養護老人ホームも、母を遠ざけるために利用したものではありませんでした。
母と私の両方を守るために、必要な選択でした。
同居を続けていたら、私のほうが先に壊れていたと思います。
そばにいても、防げないことはあります
母は、私も夫も家にいた休日に転倒し、頭を打って救急車で運ばれました。
「自分がもっと見ていれば」
これは、介護の罪悪感の中でも、特に重いものだと思います。
けれど、24時間そばにいても、起きることは起きます。
家族だけで守りきれることには、限りがあります。
距離は、関係を壊すのではなく守ってくれます
同居によって壊れかけた母との関係は、施設という距離ができてから、少しずつ落ち着いていきました。
今の私たちは、2週間に一度の面会で、穏やかに過ごせています。
距離を置くことは、親を見放すことではありません。
お互いの関係を守るために、必要なこともあるのだと思います。
罪悪感を軽くするために、やってよかったこと
施設は、自分の目で選びました
母の施設を探すとき、私は候補を10か所ほどリストにして、それぞれへ直接電話をかけました。
気になった施設には、見学にも行きました。
入居されている方の表情、スタッフさんの声かけ、食事の様子、居室から食堂までの距離。
パンフレットだけでは分からないことを、自分の目で確かめました。
「母が過ごしやすい場所を、私が自分の目で選んだ」
この事実は、入居後の罪悪感をずいぶん軽くしてくれました。
自分の仕事と生活を、すべて手放しませんでした
私は一度、介護のために仕事を辞めました。
その後、母がデイサービスへ行っている時間内で働けるパートを見つけ、少しずつ仕事に戻りました。
仕事に戻れたことで、自分の心と、夫と過ごす時間も大切にできるようになりました。
同居していた頃、夫は母が喜びそうな場所を探し、休みの日には、いろいろなところへ連れて行ってくれました。
今も、母との面会には一緒に来てくれます。
介護とは関係のない場所で人と話し、「介護をしている私」ではない、ただの自分に戻れる時間。
その時間があったからこそ、私はまた母と向き合うことができたのだと思います。
それでも罪悪感が消えない日は

私も、親と同居して介護を続け、最期まで看取った方の記録を読むと、「すごいなあ」と思ってしまいます。
自分と比べて、落ち込みそうになる夜もありました。
あるとき、思い切って人に相談したことがあります。そのときに言われた言葉が、今も心に残っています。
「あなたの形でも、ちゃんと介護ですよ」
母が特養へ入居した今も、私の介護が終わったわけではありません。
契約、介護や医療に関する申請と確認、お金の管理、施設から届く報告への対応。
そして、2週間に一度、30分の面会へ通っています。
介護は、形を変えて続いています。
——私の形で。
罪悪感は、たぶんゼロにはなりません。
けれど、無理にゼロにしなくてもいいのだと思います。
私自身、迷ったり悩んだりしながら、それでも母と向き合ってきました。
今は、その時間も私なりの介護だったと思えるようになりました。
おわりに
好きになれない親を介護しているあなたは、冷たい人間ではありません。
誰かと同じようにできなくても、自分を責めなくて大丈夫です。
あなたの形でも、ちゃんと介護です。
※「施設に預けること」に迷いがある方へ。私がどう施設を選んだのかは、こちらの記事に書いています。
→「親の介護施設はどう選ぶ?介護施設で働いていた私が見学で確認したこと」
今日という一日が、あなたにとって心地よい「ちょうどいい距離」の一歩になりますように。
きーのこと


