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親をデイサービスに行かせるのは、まだ早いかな」
「本人が嫌がりそうだし……」
そう迷っている方へ、90代の母を通わせた経験からお話しします。
先にお伝えすると、私は今、デイサービスは早めに検討してよかったと思っています。
ただ、私も最初からデイサービスに頼ったわけではありませんでした。
まずは、家でできることから始めました。
※母を引き取ってから特養へ入居するまでの記録は、こちらの記事に書いています。
デイサービスの前に、家でできる工夫は全部やりました

同居を始めた頃、私はまだ仕事をしていました。
母に新しい生活へ慣れてもらいたくて、「昼間は自由に過ごしてね」と伝え、できる範囲で工夫をしていました。
- 母の好きなガーデニングができるよう、休みの日に一緒に苗を買いに行き、平日に植えてもらう
- お昼ご飯は作り置きし、電子レンジで温めるだけにしておく
- 会社に相談し、仕事の一部を在宅勤務へ切り替えてもらう
- らくらくホンを使い、いつでも連絡を取れるようにする
お昼ご飯の作り置きは、毎日のことなので大変でした。
朝のうちに作って、電子レンジで温めるだけにしておく。
それでも、献立を考えるのが負担になっていきました。
いまは、食事を宅配してくれるサービスもあります。
私は使いませんでしたが、当時知っていたら、週に何日かはお願いしていたかもしれません。
それでも、残業のある日は帰宅が19時、20時になります。
最初のうちは一人で留守番ができていても、長い時間を一人で過ごすうちに、母の行動範囲は少しずつ狭くなっていきました。
筋力が落ち、気持ちも沈みがちになり、不満を口にすることも増えていきました。
家族がどれだけ工夫しても、「一人で過ごす長い昼間」を埋めることはできない。
それが、デイサービスを考え始めた理由でした。
デイサービス探しの入口は、市役所でした
私の場合、デイサービス探しの入口は市役所でした。
市役所で相談し、介護について相談できる居宅介護支援事業所の案内をいただきました。
その中から事業所を選び、ケアマネジャーさんに母と面談してもらいました。
そこで数件のデイサービスを紹介していただき、実際に見学へ行って決めました。
紹介されたところへそのまま決めるのではなく、自分の目でも確かめる。
これは、その後のサ高住や特養選びにもつながる、私の方針になりました。
相談窓口や手続きの流れは、介護認定の状況や自治体によって異なることがあります。
まずは、お住まいの市区町村の介護保険窓口や地域包括支援センターへ相談してみてください。
※見学のときに私が確認した項目は、こちらの記事にまとめています。デイサービス選びにもそのまま使えます。
→「親の介護施設はどう選ぶ?介護施設で働いていた私が見学で確認したこと」
母に合いそうな、運動中心のデイサービスを選びました
母は、両膝の人工関節の手術を受けています。
お医者さんから「膝のためにも筋肉をつけましょう」と言われていたため、最初は運動器具のそろった、運動中心のデイサービスを選びました。
通う回数は、週2回ほどから始めました。
本人が関心を持てそうなことや、必要としていることを入口にすると、デイサービスにもなじみやすくなるのかもしれません。
通い始めて分かったこと

送迎の方との相性は、思っていた以上に大切でした
まず驚いたのは、送迎の時間です。
担当の方が自宅のドアの前まで迎えに来てくださるのですが、母は私と話すときよりも楽しそうに、その方とおしゃべりしながら出かけていくのです。
「行きたくない」と渋る日が少なかったのは、その方のおかげも大きかったと思います。
デイサービスの内容だけでなく、送迎の方の声かけや雰囲気も、本人が気持ちよく通うための大切な要素なのだと分かりました。
お化粧をして、おしゃれをして出かけました
母は、いくつになってもお化粧をして、おしゃれをして出かける人です。
90代になった今も変わりません。
デイサービスの日には服を選び、身支度を整えて出かけていました。
「出かける場所がある」ということが、身だしなみを整えるきっかけになり、暮らしのハリにもなる。
これは、実際に通い始めるまで気づかなかったことでした。
運動中心のデイサービスでは、90代ながら器具を使った運動にもストイックに取り組んでいたようです。
スタッフさんから、
「何もされない方もいらっしゃるのに、熱心ですね」
と驚かれたこともありました。
膝のために筋肉をつけるという当初の目的にも、母はきちんと向き合ってくれました。
連絡帳で、母の一日が見えました
のちに移った一日型のデイサービスでは、連絡帳にその日の様子を詳しく書いてくださいました。
食事のことや、参加したこと、どのように過ごしていたか。
まるで子どもが幼稚園に通っているようで、読むたびにほっこりしたものです。
仕事で一日離れていても、母がどのように過ごしていたのかが分かる。
これも、家族にとって大きな安心でした。
文句は言います。でも、それとこれとは別のこと
正直に書くと、母は帰ってくるなり「疲れたー」と言っていました。
関西の出身なので、
「方言のせいで、言っていることが分からないと言われる」
と、言葉のことも気にしていました。
いろいろな地方の方がいらっしゃるのですから、それほど気にすることでもないと思うのですが……今でも言っています。
けれど、その口で、
「今日は誰々さんと、こんな話をした」
「今日は、こんなことをした」
と話してくれるのです。
話好きの母は、あまりお話をされない方を見ると、
「どうして話しないんだろう?」
と不思議がっていたくらいでした。
親の「疲れたー」を、すべて額面どおりに受け取らなくてもよいのかもしれません。
文句を言うことと、その場所で人と関わり、何かを得ていることは別なのだと思います。
「本人が嫌がるから、デイサービスはやめておこう」と迷っている方に、一番お伝えしたいことです。
もちろん、強い苦痛が続いていたり、どうしても雰囲気が合わなかったりする場合は、無理に通い続ける必要はありません。
デイサービスにも、それぞれ特徴があります。
合わないと感じたときは、担当のケアマネジャーさんに相談し、ほかの事業所を見学してみてもよいと思います。
デイサービスでは、「聞こえ方」への不満もありました

母は、片耳に補聴器を使っています。
実家で一人暮らしをしていた頃、お友達にすすめられて購入したもので、数十万円したと聞いています。
引っ越したあともメーカーのサポートを引き継ぐことができ、近くのお店で調整をお願いしていました。
けれど、デイサービスでは、さまざまな音が重なります。
テレビの音。
スタッフさんがマイクを使って説明する声。
同じテーブルの方との会話。
母は、
「今の補聴器では、うまく音が拾えない」
「両耳に補聴器をしている人もいるから、私も両耳にしたい」
と、よく訴えていました。
耳鼻咽喉科を受診し、市へ相談して必要な手続きをしたうえで、耳の形に合わせた別の補聴器を作っていただいたこともあります。
テレビ通販で見かけた集音器を試したこともありました。
けれど、どちらも母には合わず、結局、最初に購入した補聴器へ戻りました。
販売サポートの方に何度も調整していただき、自分で音量を変えるための器具も、私が定期的に調整するようにしました。
すべての音を思いどおりに拾うことは難しくても、今持っている補聴器をきちんと調整すれば、母の場合は十分に使うことができました。
今もその補聴器を使っていますが、以前のような不満はほとんど言わなくなりました。
補聴器は、高額なものへ買い替えれば、すべてが解決するとは限らないのだと思います。
本人がどのような場所で、どの音を聞き取りにくいと感じているのか。
それを販売店や耳鼻咽喉科で具体的に伝え、今持っている補聴器を調整してもらうことも大切だと感じました。
※母の補聴器を買い替える前に試したことや、家族が調整して分かったことは、こちらの記事に詳しく書いています。
→「高齢の親の補聴器が合わないときに試したこと|買い替える前に見直した調整と使い方」
体調がよくない日は、無理をさせませんでした
母も、体調がよくない日はデイサービスを休みました。
「毎回、喜んで行くこと」を目指さなくてもよいのだと思います。
帰ってくると「疲れたー」と言うことはあっても、そこであった出来事や、お話しした方のことを聞かせてくれました。
行ける日に行き、本人の様子を見ながら、細く長く続けていく。
そのくらいの使い方が、母にも私にも合っていました。
その後、母がサ高住へ移ってからは、建物に併設されたデイサービスを利用しました。
そちらでは、土曜日と日曜日はカラオケを中心としたプログラムだったため、母は参加せず、基本的に自分の部屋で過ごしていました。
同じ「デイサービス」でも、内容や雰囲気はそれぞれ違います。
本人がどんなことを好み、どんな過ごし方をしたいのかも、選ぶときの大切なポイントだと思います。
デイサービスによって、家族の暮らしも変わりました

母がデイサービスへ行っている数時間、私は安心して仕事に集中できました。
夕飯の準備や買い物にも、気持ちに余裕を持って出かけられるようになりました。
デイサービスは、高齢者本人の心身機能の維持や人との交流だけでなく、介護をする家族の負担を軽くする役割もあります。
母のためだけでも、私のためだけでもありません。
お互いの暮らしを守るために、必要な時間だったのだと思います。
※「預けてしまって申し訳ない」という気持ちについては、こちらの記事でお話ししています。
→「好きになれない親の介護。罪悪感との付き合い方を、経験者が本音で書きます」
※母に買ってよかったもの、返されてしまったものは、こちらの記事にまとめています。
→「90代の母に買ってよかったもの|敬老の日に選びたい贈り物と、返されたもの」
もうひとつの命綱は、らくらくホンでした

母にらくらくホンを持ってもらったのは、同居を始めてからではありません。
実家で一人暮らしをしていた頃からです。
当時は、少なくとも週に一度は私から電話をかけ、母からもよく電話がありました。
家族の番号を登録しておけば、どれだけ長く話しても通話料がかからないプランだったため、時間を気にせず話すことができました。
母が迷わず使えるように、電話にはテプラを貼りました。
「ここを押す」
「私にかけるときは、このボタン」
実家へ帰るたびに何度も一緒に練習し、母は少しずつ使えるようになりました。
90代になっても、その使い方を覚え、長く使い続けてくれたことは、本当にすごいと思っています。
同居して私が仕事をしていた頃も、
「今から帰るね」
「今日は何時頃になるよ」
「何かあったら電話してね」
と、連絡を取り合いました。
デイサービスと、この電話。
この2つが、働きながら介護をしていた私の命綱でした。
※そのときの働き方については、こちらの記事に書いています。
→「介護離職からパートで復帰するまで|50代・ブランク半年でも仕事はありました」
おわりに:少しの時間でも、離れることが大切でした
デイサービスを利用して一番実感したのは、母のためでも、私のためでもなく、お互いのためだったということです。
ずっと一緒にいると、どうしても煮詰まります。
少しの時間でも離れることで、それぞれに違う時間が生まれます。
帰ってきた母から外での出来事を聞くことができ、私も少し余裕を持って接することができました。
「人とのつながりは、いくつになっても必要なのだな」
お化粧をして出かけていく母の背中が、それを教えてくれました。
母も、新しい場所へ通うことに、最初から何のためらいもなかったわけではないと思います。
それでも、デイサービスからサ高住、そして特養へと、その都度変わっていく環境を受け入れてくれました。
90代になってから新しい場所や人に慣れることは、決して簡単ではありません。
ここまで来られたのは、私だけが頑張ったからではなく、母も一つひとつの変化に向き合ってくれたからだと思っています。
デイサービスが合うかどうかは、その方の体調や性格、事業所との相性によっても違います。
だからこそ、家族が限界になってから慌てて探すのではなく、早めに相談し、見学や体験利用から始めてみるのもよいと思います。
利用を迷っているなら、まずはお住まいの市区町村の介護保険窓口や地域包括支援センター、担当のケアマネジャーさんへ相談してみてください。
※仕事と介護の両立で迷っている方は、こちらの記事もどうぞ。
→「介護離職して分かった、辞める前に知っておきたかったこと」
今日という一日が、あなたにとって心地よい「ちょうどいい距離」の一歩になりますように。
きーのこと


