実家じまいは寂しい?|継ぐ気はなかった私が感じた喪失感と罪悪感

夕暮れの道から、明かりのともる実家を見つめる女性の後ろ姿 実家じまい

実家じまいは、寂しいものなのでしょうか。

正直に言うと、私は寂しかったです。

けれど同時に、実家への思い入れは、あまりありませんでした。

寂しさと、思い入れのなさ。

私の実家じまいには、その両方がありました。

この記事では、実家を手放したときの私の気持ちを、「私の場合」としてお話しします。

※母を引き取ってから特養へ入居するまでの記録は、こちらの記事に書いています。

→「「若干毒親」の母を引き取って介護した私の記録|同居・介護離職から特養入居まで」

実家は、みんなが集まる場所でした

夏の縁側で麦茶を囲み、庭で遊ぶ子どもたちを見守る家族の水彩画

実家は、いつも誰かが集まる場所でした。

兄の家族や、友人の家族。

みんなでよく集まり、実家は集合場所のようになっていました。

まわりの景色は、別荘に来たように心が癒されるものでした。

建物にも、長い年月の重みがありました。

私の子どもたちも、小さいころはよく実家で遊んでいました。

祖母や父がまだ生きていたころは、本当に賑やかでした。

藁葺き屋根の家から、父と母が建て直した家へ

薪が積まれた昔の藁葺き屋根の家と田んぼの水彩画

実家の家は、父と母が建て直したものです。

私が幼いころの家は、藁葺き屋根でした。

天井からは、煤が落ちてきました。

お風呂は、玄関を入ってすぐ脇にある五右衛門風呂。

底に板が入っていて、恐る恐る入っていました。

お湯に浸かっていると、母の声がします。

「焚こうか〜?」

「焚いて〜」

そうお願いすると、母が薪を入れて、お湯の温度を調節してくれました。

お風呂の後ろには、薪がたくさん積まれていました。

私が代わりに薪を入れたこともあります。

トイレは、家の外にありました。

母は、よくこんな田舎に嫁いできたものだと、子ども心に不思議に思っていました。

そんな家を、父と母は建て直しました。

それは二人にとって、大きな出来事だったと思います。

きっと、夢でもあったのでしょう。

その夢が叶ったことは、よかったのではないかと思っています。

それでも、兄も私も継ぐ気はありませんでした

寂しさはありました。

けれど、実家を継ごうという気持ちは、私にはまったくありませんでした。

これは、兄も同じです。

兄も私も、田舎に住みたいとは思っていませんでした。

家の中には、いろいろな事情もありました。

家族のことを思い返すと、楽しかった思い出ばかりではありません。

母は、兄の家族と一緒に暮らすことを夢見ていました。

けれど、その夢が叶わないと分かってからは、あっさりしたものでした。

「売っていいよ〜」

母は、そう言いました。

※実家の売却が決まるまでのことは、こちらの記事に書いています。

→「遠方の空き家を売却するまで1年4か月|実家じまいで私がしたこと」

「実家は父と母の家。だから母が決めていい」と思いました

実家は、父と母の家です。

父と母が建て直し、父が亡くなったあとも、母が長いあいだ守ってきた家です。

だから、母が決断していいと、私も思いました。

寂しさがあっても、それとこれとは別のことです。

その家を守ってきた母が決めたこと。

そう考えると、私の気持ちも少しずつ整理されていきました。

寂しさにふたをして、淡々と手続きを進めました

段ボールが積まれた和室で、書類を確認する女性の後ろ姿の水彩画

母が手放すことを決め、兄もそれに同意していました。

私は、淡々と手続きを進めるだけ。

そう割り切って、やるしかないと思って頑張りました。

遠くの実家へ通い、一人で片付けをしました。

業者さんとのやりとりも、ご近所の方への対応も、私がしました。

寂しいと感じる暇がないくらい、目の前のことに追われていたのかもしれません。

※実家の片付けにかかった費用や、家財回収のことは、こちらの記事に書いています。

→「実家じまいの費用|85万円の見積もりから家財回収を55,000円に抑えた方法」

何もなくなったとき、喪失感と罪悪感がありました

家具がなくなり、障子ごしに光が差し込む広い和室の水彩画

それでも、家の中から何もかもなくなったときは、喪失感がありました。

実家は、ずっとご先祖さんあっての家でした。

父と母が建て直した家と、その土地に別れを告げる。

そこには、罪悪感もありました。

ただ、ご先祖さんに関わるものは、ひとつずつ次の場所へお送りしました。

お墓と仏壇のことは、兄夫婦と一緒に進めました。

→「お墓を兄の住む地域へ移しました|仏壇もお寺へ引き継いだ実家じまいの記録」

神棚は、神社でご祈祷をしていただき、お納めしました。

→「実家の神棚じまい|神社へ持ち込んだ費用とご祈祷の流れ、手放すまで」

「実家に帰りたい」と言う母に、答えるのがつらい日もありました

母は、嫌なことがあって機嫌が悪くなると、

「実家に帰りたい」

と言うことがありました。

自分で「早く売らないと」と言っていたのに……と、私は思いました。

「もう家はないよ〜」

そう答えるのが、つらいときもありました。

今は、母も実家のことには触れません。

母の中でも、少しずつ気持ちの整理がついているのかもしれません。

※母が実家の売却に前向きだったことや、気持ちが揺れたときのことは、こちらの記事にも書いています。

→「親が元気なうちに聞いておきたいこと|母を引き取って初めて知った家・土地・お金の話」

今、振り返って思うこと

窓辺でカップを手に、外の景色を眺める女性の後ろ姿の水彩画

今、振り返ってみると、遠くまで何度も通い、一人で片付けをして、業者さんやご近所の方にも対応して、よくやったと思います。

そして、もうひとつ思うことがあります。

母は、父が亡くなったあと、祖母とずっと一緒に暮らしていました。

祖母を見送ってからは、母も自由に、いろいろなことを楽しめたと思います。

実家で過ごした長い年月のなかで、母にとっては、その時間がいちばんよかったのではないか。

そんなふうに思っています。

実家じまいが寂しいと感じている方へ

実家じまいで寂しさを感じることは、少しも不思議なことではないと思います。

私のように、実家への思い入れがあまりなくても、寂しさはありました。

寂しさと、割り切る気持ち。

その両方があっても、よいのだと思います。

私の場合は、「実家は父と母の家。だから母が決めていい」と思えたことで、気持ちの整理がつきました。

実家じまいを何から始めればよいか迷っている方は、こちらの記事に、私が動いた順番をまとめています。

→「実家じまいは何から始める?親の介護と実家じまい、私が動いた順番」


今日という一日が、あなたにとって心地よい「ちょうどいい距離」の一歩になりますように。

きーのこと

タイトルとURLをコピーしました